こんにちは!道塾バックオフィススタッフの関口です。
さてさて、受験生の皆さんが直前勉強に励んでいる今日この頃、
大学生はちょうど期末テストの時期です。
私も4年生ながら何科目もテストを受け、卒業論文も提出し、あとは卒業を待つのみとなりました。普通まじめに大学生活を送ってきた人は、4年生の後期になるとほとんどテストはないのですが…。
受験生の皆さんには、大学4年生の自分などとても想像できないことでしょう。
今回は改めて、私の4年間で学んだことを振り返って、近い将来、大学生になるであろう方にちょっとした示唆をお伝えできればと思います。
ちなみに、すご~く長くて、勉強の邪魔をするのは非常に申し訳ないので、時間がない方は読んで頂かなくても結構です(笑)。
私は2006年4月に早稲田大学に入学しました。ちょうど前回のW杯があった年ですね。
私が大学生活で何をやってきたか、一言で表すのはとても難しいのですが、最も力を注いできたことはサークル活動でした。
私が所属していたサークルは教務スタッフの朴さんも所属している「早大政友会」という学術サークルです。
学術サークルってなんだよ、って感じだと思いますが、これまた一言で説明するのは非常に難しい(笑)。就職活動の面接でも説明に苦労しました。たいがい雄弁会と間違えられ、段々訂正するのも面倒になってきます(笑)。
普段は週に4日間、授業後に集まって、政治や経済、国際関係、ジャーナリズムといった分野の勉強会をしています。
その他に他大学の同様のサークルと合同で勉強会をしたり、政治家の方々を呼んで講演会を開催したりしています。
週末にはみんなで大学野球を見に行ったりもしています。
高校まで全く勉強という勉強をしてこなかった私にとって、政友会の人たちは今までに全く会ったことのない人種でした。
自分の言葉で学問やら人生論やらを語る先輩達はすごく格好良かったし、一緒に入学した同期達もみんな高い志を持っていて、大きな刺激を受けました。
政友会の活動で、私が特に印象に残っているのは、実行委員長として講演会を開催したことと、1年間幹事長(代表)を務めたことでした。
講演会の時は、大勢の会員を纏めて同じゴールを目指していくということの大変さ、その先にある達成感というものを学びました。ゲストを呼ぶ時も、あるジャーナリストの方に、自分の情熱を伝えるために、その人の本を読んだ感想などを書いた手紙を送り、「よく勉強しているね」と褒めて頂いたことは良い思い出です。
幹事長の時も、100人規模のサークルをマネジメントすることは本当に大変でした。胃を痛めて吐いたりしたこともありましたし、3秒に一回くらい辞めたいって思っていました(笑)。
でも、今思えば、失敗ばかりだったけど、本当にやってよかったと思っています。様々な困難に直面してもそれを乗り越えられたことは、自分に対する大きな自信へと繋がり、就職活動でも、卒論でも、どんな困難に対しても前向きに乗り越えられるポジティブな精神力が身に付きました。
そして何よりも、「仲間」の大切さを身に染みて感じることができたと思います。サークルで問題が起きた時には仲間の励ましや、協力で解決することができました。周りの仲間への感謝の気持ちを持つことの大切さを学びました。
政友会では、本当に大切なことを学びました。
第一に、周りの人間を尊重し、周りの人間から学ぼうとすること。政友会には、先輩後輩問わず、学問についてでも、人生についてでも、しっかりとした自分の意見を持っている人が多く、そうした人間同士で忌憚なく語り合える場がありました。そうした環境の中で、私も色んな人と話し、色んな意見を聞き、自分の考え方に多大な影響を受けました。
人間だれでも良いところを何か一つくらいは持っているものです。私は、他人の悪いところを責めるのではなく、他人の良いところ、良い意見を引き出して、それを自分の人生に役立てるという姿勢を身につけました。そうすれば、他人にイライラすることもなくなるし、何よりも、他人の粗ばかり探すのって「カッコワルイ」ですよね。
第二に、自分の能力を過小評価せず、何事もチャレンジしてみること。政友会では講演会をやったり、自分で勉強会をさせてもらったり、本当にいろんなことにチャレンジさせてもらったと思っています。講演会の実行委員長や幹事長をやってきましたが、別に私は中学や高校で部活のキャプテンをやっていたわけでもなく、生徒会長をやっていたわけでもありません。
でも、そんな自分でも組織を纏める立場になれたのは、きっとサークルで自分が頑張ってきたことが、どんなに地味なことでも、周りから評価されたからだと思います。他に優秀な人はいくらでもいたと思いますし、リーダーシップのある人だっていました。私みたいな能力のない人間がトップに立っていたことは、周りの人間にとっては不幸なことだったと思いますし、自分自身、優秀でない上に、要領もよくない人間なので凄く苦労しました。
それでも、思い切って困難に挑戦して、それを乗り越えてきたことは自分にとって大きな自信になりました。
私が、大学生活を通して学んだひとつの教訓、それは、
「何かをするべきか迷ったら、とりあえず前に進んでみよう」
ということです。
何か新しいことに挑戦するかしないか迷った時、「どうせ自分はたいしたことないし、できないからやめよう」と考えるのか、それとも「失敗してもいいから、とにかくやってみよう」と考えるのか。
私は後者の選択肢をとろうと考えますし、実際、大学生活の中で後者の選択肢をとってきたと思っています。
講演会の実行委員長をやる時も、幹事長になる時も、「自分にできるのか」という不安はありました。でも、「人間としてもっと成長したい」という思いがあったから、困難を承知で、前に進むことを決意しました。
勿論、あまりの辛さに、自分の選択を後悔したこともありました。
でも今思うと自分の決断は正しかったと確信しています。
辛いことは山ほどあったけど、それを乗り越えることで人間として大きく成長できたのだと思っています。
私からすれば、人間の潜在能力なんてたいして差がないと思うのです。だから、チャレンジするかしないかで、その差なんてすぐに埋められるはずです。
「自分はダメだ」と思っている人こそ、困難を恐れずに色々なことに挑戦してみましょう。
確かに新しいことに挑戦することは怖いし、自分にできるのかどうか不安を感じるのも当然だと思います。
でも、そうした不安に打ち勝って、困難に直面して、それを自力で乗り越えて、はじめてその先に、もっと成長して輝いている自分がいるはずです。
迷った時こそ、自分を信じて前に進もう。
4年間で学んだ大きな教訓です。
今の私は、4年前の私とは全く違う私です。
もう一つ。
大学ではちゃんと単位をとりましょう。
サークルやバイトに精を出すのは素晴らしいことです。でも私みたいにサークルに精を出しすぎて授業をおろそかにして単位を落とすと、後々泣きを見ます(サークルのせいにするのはよくない)。
昔と違って今は大学の授業でも面白い授業はたくさんあります。自分ももう少し真面目に授業にもでればよかったと、今更ながらに思っています(大学で授業を受けている年配の方を見ると、「普通に勉強できる」自分たちが如何に恵まれているのかがわかる)。
授業の中に大学生活の意義を見出すことも、素晴らしいことだと思います。
以上、雑ではありましたが、4年間過ごしてきて感じたことを簡単に書き綴ってみました。
受験生の皆さんには、まだまだ先のことで、受験勉強の役には立たなかったかもしれませんが、大学に入ったころには、思い出して心の片隅にでもしまっておいて頂ければ幸いに存じます。
最後に、ある有名な本の一節を引用して、私の記事を終わりにしたいと思います。
それでは、あと少し、受験勉強頑張ってください。
「…以上の理由で、わたしは教師たちへの従属から解放されるとすぐに、文字による学問をまったく放棄してしまった。そしてこれからは、わたし自身のうちに、あるいは世界という大きな書物のうちに見つかるかもしれない学問だけを探求しようと決心し、青春の残りをつかって次のことをした。旅をし、あちこちの宮廷や軍隊を見、気質や身分の異なるさまざまな人たちと交わり、さまざまの経験を積み、運命の巡り合わせる機会をとらえて自分に試練を課し、いたるところで目の前に現れる事柄について反省を加え、そこから何らかの利点をひきだすことだ。というのは、各人が自分に重大な関わりのあることについてなす推論では、判断を誤ればたちまちその結果によって罰を受けるはずなので、文字の学問をする学者が書斎でめぐらす空疎な思弁についての推論よりも、はるかに多くの真理を見つけ出せると思われたからだ。学者の思弁は、それを真らしく見せようとすればするほど、多くの才知と技巧をこらさねばならなかったはずだから、それが常識から離れれば離れるほど、学者が手にする虚栄心の満足もそれだけ大きい。それ以外には何の益ももたらさない。だがわたしは、自分の行為をはっきりと見、確信をもってこの人生を歩むために、真と偽を区別することを学びたいという、何よりも強い願望をたえず抱いていた。
たしかに、他の人びとの習俗を考察するだけだった間は、わたしを確信させるものはほとんど見いだされなかったし、そこにも、前から哲学者たちの意見のあいだに見られたと同じくらいの食い違いがみとめられた。したがって、そこからわたしが引き出した最大の利点は次のことだった。つまり、われわれにはきわめて突飛でこっけいに見えても、それでもほかの国々のおおぜいの人に共通に受け入れられ是認されている多くのことがあるのを見て、ただ前例と習慣だけで納得してきたことを、あまり堅く信じてはいけないと学んだことだ。こうしてわたしは、われわれの自然〔生まれながら〕の光をさえぎり、理にしたがう力を弱めるおそれのある、たくさんの誤りからだんだんに解放されたのである。しかし、このように数年を費やして、世界という書物のなかで研究し、いくらかの経験を得ようと努めた後、ある日、わたし自身のうちでも研究し、とるべき道を選ぶために自分の精神の全力を傾けようと決心した。このことは、自分の国、自分の書物から一度も離れなかった場合にくらべて、はるかにうまく果たせたと思われる。」
関口草




















