今になってもなお、
「勉強をしていいことがあるよ、」
なんて大きな声では言えない。
これは大学に入学する前も入学した後も一切変わらない。
ただ、前と今とでは違うことは確かにある。
それは自分がなにかを成長基準としたときに
他の人たちとくらべてどうなのかとか、
以前に比べて自分が成長したのかというのを実感でき、
自信が持てたということである。
自分が勉強をすることは正しいと決めて、
それに身を尽くす。
それが本当に正しいなんてわからないし、
うまくいくかもわからない。
でも、自分が正しいと思うことに身を尽くす。
それで、自分自身の成長を実感して、なにかまた新しいことをできる。
そんな素直な気持ちが今の自分にはある。
周りの人たちがこう言ってるからこうする、
っていうような考えではなかったから
今の自分があるということにも気付けた。
こういうことはうまくいってからでないと、
本当に感じることが出来ないと思う。
ここ最近では、
こういうことが書いてあったからこうなるとか、
こうしたらこうなるってことを誰かが言ってたから、
それを正しいこととして自分の頭の中にもそのような価値観を形成してしまい、
異常に賢くなった人が多い気がする。
たぶんテレビでいろんな成功体験を目で見すぎたり、
本で見すぎたからかもしれない。
とにかく追体験をしすぎて、
現状を自らで推測しすぎた結果として賢いのかなって思ってしまうときもある。
もちろんこれも、推測であって現実ではないと疑問に思ってもらいたい。
私の中で勉強というものが、
人がどのように生きるべきとか
勉強は正しいものだということは
何も教えてくれないものだと身をもって実感した。
どんなに勉強しても、
自分はこのようにして生きていこうとか、
勉強はうそも偽りのないものなんだって思うこともない。
ただ、勉強が私に教えてくれたのは、
自分が正しいと思ったことを勉強を通じて証明できるということだった。
勉強をしたらいいとか勉強したらだめになるなんてのは、
ある側面から考えればどっちかになるし、
考えすぎるとそんなのどっちでもいいと思えてくる。
でも、勉強している人が大勢いれば勉強を懸命にすることで
自分の成長を実感できることだけは私は証明できたと思う。
ここでいう成長は、
継続的に毎日続けることと
自分を他人と比べ合うなかで実感できたということだけは伝えたい。
勉強は知性を高めてはくれ、生きる上で役に立つが、
それを学ぶ人以上の価値を持つことはないと私は思う。
勉強の価値は
自分自身のなかで見出さなければ、
意味はない。
あなたにとっての勉強。
考えてみる価値はあるはずです。
薮下 成仁



