はじめまして、道塾バックオフィスの関口草です。
スタッフブログが旅日記化しつつあるとの噂を聞いたり聞かなかっ
今回私が行ってきたのは、伊予・松山です。
なんでそんなマニアックなところ(←失礼)にわざわざ行ってきたかと言いますと、
実は私は司馬遼太郎の『坂の上の雲』という小説が大好きなのです!
そしてその小説の舞台が愛媛・松山なのですね。
『坂の上の雲』は、松山出身の歌人正岡子規と軍人の秋山好古・真之兄弟の三人を軸に、維新から日露戦争の勝利に至る明治日本を描く大河小説で、全八巻からなります。
子規は明治俳句界に革新運動を起こし、好古は日本騎兵の草分けとして満州の地でロシアのコサック騎兵を破り、真之は海軍参謀としてかの有名な日本海海戦でロシアのバルチック艦隊を打ち破りました。いずれも明治日本を象徴する人物として描かれています。
受験生の方にも、ぜひ大学に入ったら一度読んでほしいところです。
そんな松山には坂の上の雲にまつわる名所がいろいろあるので、私にはワクテカが止まりません。
まず行ったのは、松山城近くにある「坂の上の雲ミュージアム」です。
軍馬があったので、跨ってみましたが、意外に高くて怖い(!)

この建物は愚陀佛庵といい、若いころ子規と夏目漱石が一時期一緒に暮らしていたそうです。

子規堂は子規が1歳から17歳まですごした生家を復元したものです。小説ではこの家によく真之が遊びに来る光景が描かれています。

松山城は、松山藩松平家の居城で、松山市街の中心にあります。珍しい連立式天守閣と、市街地と海を見下ろす光景は一見の価値ありです。
若いころの子規、好古、真之はよくこの城で遊んでいたそうです。
「春や昔 十五万石の 城下かな」という子規の有名な歌が小説の冒頭にも出てきます。


夏目漱石が松山の中学校で教員をしていた時にこの温泉によく来ていたそうです。
「坊ちゃん」の舞台になったこともあり、町には「坊ちゃん列車」というSLが走っています。

これは道後温泉本館という大衆浴場で、「千と千尋の神隠し」の油屋のモデルになったとかならなかったとか。

さて、秋山真之は日露戦争後に連合艦隊解散にあたり、「連合艦隊解散の辞」という文章を作りました。
セオドア・ルーズベルトが感銘を受けて英訳させたというほど名文章として名高いのですが、その最後にこういう一節があります。
「神明は唯平素の鍛練に力め、戦はずして既に勝てる者に勝利の栄冠を授くると同時に、一勝に満足して治平に安ずる者より直に之を奪ふ。 古人曰く勝て兜の緒を締めよと。」
受験には「運」という要素も確かに存在します。しかし、最終的には努力した者が、「運」を引き寄せます。
頑張った人には最後には必ず神様が味方してくれるはずです。
受験生のみなさんにとっては、まだまだ辛い日が続くと思いますが、「志望校合格」という「坂の上の雲」を目指して、最後の最後まで諦めずに頑張って下さい!
そして入学したら、ぜひぜひ『坂の上の雲』読んでくださいね。
以上、関口より長文失礼致しました。







