2010年2月 のアーカイブ

カナダ滞在記 2 ~オーロラ~

2010年2月25日 木曜日

バンクーバーからこんにちは、モニカです。
 
さてはて先日、ついに見てきました!
せっかくカナダに来ているなら、見るっきゃない! 今しかない!
 
オーロラ!!!
 
バンクーバーから飛行機にて4時間。
カナダ北部のイエローナイフに到着です。
空港を出て息を吸うと、ナニコレ?! 喉になにか貼りつく感じ。。。
喉が息で凍ったようです。
まつ毛も凍る、鼻毛も凍る、髪も凍る。
話に聞いていた「-30℃の世界」とはこれのことか。
そう思って表示をみたら、-40℃の方が近かった! 

オーロラ1

テンションあがります! 実際にバナナでもマシュマロでも釘が打てますよ!
 
オーロラというとアラスカをイメージする人も多いかもしれませんが、
イエローナイフもアラスカに負けず劣らず、世界で最もオーロラが見れる地域の1つです。
その他には、フィンランドやノルウェーも観賞地としてあげられます。
これらは北半球、北緯60度の国々です。
 
初のひとり旅。
雪の積もった道なき道を、
頭からつま先まで特殊防寒具で身を固め(ちょっと重い。でも着ないと死ぬ、たぶん)
一歩一歩ズッシリ進む。ズボッ、ズボッ。私の足跡。
やっと辿り着いた観光案内所。室内ってなんて暖かいんでしょう。
 
1ドル払うと名前入りで「北緯60度を越えた証明書」をくれるとのことなので早速作成。

オーロラ2

高校まで門限7時、大学に入ってもしばらくは門限9時とかだった自分を思うと
単身、よくぞここまで来たなぁとちょっとしみじみ。
父よ、母よ、箱入り娘は極寒の地をsurviveしております。
 
●オーロラ観賞1日目の夜●
あっけなくオーロラ現わる。着くなり見れてちょっと拍子抜けしました。
ウホウホと自分のデジカメで撮影を試みる。緑の不思議な光。
カメラが扱いにくいため4枚していた手袋を2枚はずす。
この時の私の脳内は「 手の寒さ < 写真 」
極寒のため、カメラの電池が尋常じゃない勢いで消耗される。
聞くところによると風が吹くと体感温度は-50℃になるそうな! 
指が動かない。何も感じない。電池も切れた。
テントに一時引き返し、手袋を全部はずす。暖炉に手をかざすと、指先が真っ白。
なんてこった、これって凍傷じゃん??
指先が徐々に解凍されていく瞬間の痛みといったら。もーーーめちゃくちゃ痛い。
思わず声を出して悶えます。もう、本当に、痛い。
でも、これが凍傷かぁ、とちょっと楽しんでる自分もいたり。
 
●オーロラ観賞2日目の夜●
初日にケロリと見れたから、今夜も見れるしょっ、と完全にたかをくくっていました。
オーロラを待ちながら、流れ星観賞☆彡すること3時間。
しかし、この日は曇りでオーロラは一度も姿を見せず。
最終日に希望を残し、深夜2時過ぎホテルに戻ります。
 
日中は、犬ぞり、チューブなどで遊びまわりクタクタだったためぐっすり眠りました(..)zzz

オーロラ3

オーロラ4

●オーロラ観賞3日目の夜 最後の夜●
もう一度見たい。まだ自分の目で見足りていない。
祈るような気持ちで待つこと数十分。
 
なんて完璧なストーリー!
南から北へ、空に巨大なアーチを架けるようにオーロラが出現。
グングン伸びて、ユラユラ揺れて。
どんどん大きくなる、ミドリの光たち。
1日目に見たオーロラとは比べ物にならないほど巨大かつ鮮やかなオーロラが空を覆うように広がってゆく。

オーロラ5

人智を超えた壮大なパワーを感じ、
なんだかよくわからないけど、すべてを愛せるような、許せるような
そんな寛容な気持ちがふっと湧いてきました。
 
イタリア、エジプトなど、歴史や遺跡、建築物が好きで今まではそれら「人工物」を巡る旅行をしてきました。でも、ここカナダに来てロッキー山脈やイエローナイフに訪れ、自然を目的とした旅もいいものだなぁとやみつきになりそうです。
 
 「ちょっとめんどくさい作業や事務手続きを難なくこなせるようになったら大人かもしれないわね」以前、私の母がぽつりと言っていました。
 
「いつかは見てみたい」だったオーロラ。
 
手帳を開いてスケジュールを確認し、航空券、宿を取る。
そうしたひとつひとつの作業を積み重ねていると
あら、いつの間にやら現地に到着。
 
親愛なる母上様
娘はちょっとたくましくなりましたよ?
 
※  オーロラというのはガリレオ=ガリレイが命名したもので英語ではありません。
英語ではノーザンライツnorthern lights と言います。
中村もにか

なにが勉強だ!!って本当に思えない

2010年2月20日 土曜日

今になってもなお、
「勉強をしていいことがあるよ、」
なんて大きな声では言えない。
これは大学に入学する前も入学した後も一切変わらない。

 
ただ、前と今とでは違うことは確かにある。

 
 それは自分がなにかを成長基準としたときに
他の人たちとくらべてどうなのかとか、
以前に比べて自分が成長したのかというのを実感でき、
自信が持てたということである。
自分が勉強をすることは正しいと決めて、
それに身を尽くす。
それが本当に正しいなんてわからないし、
うまくいくかもわからない。
でも、自分が正しいと思うことに身を尽くす。
それで、自分自身の成長を実感して、なにかまた新しいことをできる。

 
そんな素直な気持ちが今の自分にはある。
周りの人たちがこう言ってるからこうする、
っていうような考えではなかったから
今の自分があるということにも気付けた。
こういうことはうまくいってからでないと、
本当に感じることが出来ないと思う。

 
 ここ最近では、
こういうことが書いてあったからこうなるとか、
こうしたらこうなるってことを誰かが言ってたから、
それを正しいこととして自分の頭の中にもそのような価値観を形成してしまい、
異常に賢くなった人が多い気がする。
 
 たぶんテレビでいろんな成功体験を目で見すぎたり、
本で見すぎたからかもしれない。
とにかく追体験をしすぎて、
現状を自らで推測しすぎた結果として賢いのかなって思ってしまうときもある。
もちろんこれも、推測であって現実ではないと疑問に思ってもらいたい。

 
 私の中で勉強というものが、
人がどのように生きるべきとか
勉強は正しいものだということは
何も教えてくれないものだと身をもって実感した。

 
 どんなに勉強しても、
自分はこのようにして生きていこうとか、
勉強はうそも偽りのないものなんだって思うこともない。

 
 ただ、勉強が私に教えてくれたのは、
自分が正しいと思ったことを勉強を通じて証明できるということだった。
 勉強をしたらいいとか勉強したらだめになるなんてのは、
ある側面から考えればどっちかになるし、
考えすぎるとそんなのどっちでもいいと思えてくる。
でも、勉強している人が大勢いれば勉強を懸命にすることで
自分の成長を実感できることだけは私は証明できたと思う。
ここでいう成長は、
継続的に毎日続けることと
自分を他人と比べ合うなかで実感できたということだけは伝えたい。

勉強は知性を高めてはくれ、生きる上で役に立つが、
それを学ぶ人以上の価値を持つことはないと私は思う。 
勉強の価値は
自分自身のなかで見出さなければ、
意味はない。
あなたにとっての勉強。
考えてみる価値はあるはずです。

 
薮下 成仁

カナダ滞在記 ~世界史と英語~

2010年2月18日 木曜日

モニカです。
 
やってきました、カナダは西部、バンクーバー。
まさしく2010年冬季オリンピックが開催されている都市です。
 
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短期語学留学です。カナダ人夫妻の家にホームステイです。
ルームメイトはスイスの女の子。
 
ここで耳寄りな情報。
私は現在、早稲田大学4年の学生です。
 
卒業に必要な単位は124単位、
1年間に獲得できる単位のMAXは40単位(※学部学年によって差異あり)
 
4年生の前期までに124単位獲得したら、卒業確定!
というわけで、4年の夏休み以降、8月~3月までMAX8カ月のフリータイムを手に出来る“可能性”もあるのです。
 
去年の7月末、泣き言を言いまくりながら
連日のテスト、4本のレポートを制覇した結果、
晴れて自由な時間を手にしたわけです。
 
そして今。
私は私のような留学生だけが集まるバンクーバーの語学学校に通っています。
生徒は、ブラジル、メキシコ、ベネズエラ、スイス、フランス、サウジアラビア、イタリア、オランダ、ドイツ、韓国、台湾、中国……などなど様々です。
 
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数あるクラスから私が選んだのはPPTという授業。
“People, Place, Time” の略で歴史、歴史上の人物、事件についてディスカッションします。
なぜこの授業をとったかというと、私が世界史大好き人間なため。
 
どのくらい好きかっていうと高校3年の今頃、
将来は歴史の研究者になりたいと思っていたくらい好き。
電子辞書にプリニウス、パソコンにアルキメデスって名前つけるくらい好き。
 
このPPTクラスは語学レベル11段階中、
上から1~5レベルの生徒だけがとれる授業で私は5番目のレベル。
 
先生も生徒もしゃべるの早っ。聞き取れない。
 
十字軍とイスラームについてのディスカッション。
最盛期には少年十字軍に参加した少年の名前を二人言えたほどの私が、
討論についていけない。。。(T_T)
 
これは何ともフラストレーションのたまる事態で
英語が聞き取れないのは(嫌だけど)まだしかたないとして、
皆のレベルについていけないが故に「この子、歴史あんまり知らないんだな」とか「意見ないんだな」って思われてたりするとしたらそれは、実にイヤ。
 
しょげてしまいます(..)
 
さて、そんな時、思い出す言葉は
 
“劣等感と焦燥感が向上心をうむ” です。
 
この言葉は私の人生の拠り所とも言えて
誰が考えたフレーズかと言うと、高2の時、自分で思いついたものです。
 
簡単なものと難しいものがあると、難しいものを選びたがる自分。いいとこ見せたくてすぐ恰好つける癖のある自分。でも、要領が悪くて、いつも時間ばかりかかっちゃう。
 
どんよりと自分自身にくたびれていた時、
それでも私が私を見捨てることはしてはならないと思って考え付いたのが
 “劣等感と焦燥感が向上心をうむ”
「自分を責めたり、嘆いたりする」自分をも肯定してあげる。
他でもない愛おしい自分のために。
 
というわけで、落ち込んだあとは喰らいつくことにしました。
 
「ジョン(先生の名前)、この言葉とこの言葉の違いは? この言葉の意味は?
もう一回説明して?」
 
依然として授業理解度は50%(5%?)だけど、クラス溶け込み度は上々! 
 
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ブログ用に皆を誘って写真撮りました。中央が私です。ほら、溶け込んでるでしょ?
 
さて、歴史好き故のフラストレーションを話しましたが、
メリットについても少々!
歴史のバックグラウンドを知っていることで英文の内容を推測できるのです!
例えば、The Knights Templar ときたら、あ!テンプル騎士団のことだな、とか
The Lion Hearted ならリチャード王のことを指しているんだな、と。
こーいった経験した人は多いんじゃないでしょうか?
 
背景知識は英文読解を助けてくれますね。
知識と知識の間に境界線はなく、分野(科目)を超えて繋がっているのを実感しています。
 
言語は知っているものだけが、理解できる、やり取りできるメッセージで、
知れば知るほど毎日、暗号がとけていくようで楽しいです。
 
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日本語も日本語を話せない人の前では、謎の暗号、魔法の言葉で、
そう思うと、日本語が話せるのも実は楽しかったりします。
 
中村もにか

迷わず行けよ、行けば分かるさ

2010年2月4日 木曜日

こんにちは!道塾バックオフィススタッフの関口です。

さてさて、受験生の皆さんが直前勉強に励んでいる今日この頃、
大学生はちょうど期末テストの時期です。

私も4年生ながら何科目もテストを受け、卒業論文も提出し、あとは卒業を待つのみとなりました。普通まじめに大学生活を送ってきた人は、4年生の後期になるとほとんどテストはないのですが…。

受験生の皆さんには、大学4年生の自分などとても想像できないことでしょう。

今回は改めて、私の4年間で学んだことを振り返って、近い将来、大学生になるであろう方にちょっとした示唆をお伝えできればと思います。

ちなみに、すご~く長くて、勉強の邪魔をするのは非常に申し訳ないので、時間がない方は読んで頂かなくても結構です(笑)。

私は2006年4月に早稲田大学に入学しました。ちょうど前回のW杯があった年ですね。

私が大学生活で何をやってきたか、一言で表すのはとても難しいのですが、最も力を注いできたことはサークル活動でした。

私が所属していたサークルは教務スタッフの朴さんも所属している「早大政友会」という学術サークルです。

学術サークルってなんだよ、って感じだと思いますが、これまた一言で説明するのは非常に難しい(笑)。就職活動の面接でも説明に苦労しました。たいがい雄弁会と間違えられ、段々訂正するのも面倒になってきます(笑)。

普段は週に4日間、授業後に集まって、政治や経済、国際関係、ジャーナリズムといった分野の勉強会をしています。

その他に他大学の同様のサークルと合同で勉強会をしたり、政治家の方々を呼んで講演会を開催したりしています。

週末にはみんなで大学野球を見に行ったりもしています。

高校まで全く勉強という勉強をしてこなかった私にとって、政友会の人たちは今までに全く会ったことのない人種でした。

自分の言葉で学問やら人生論やらを語る先輩達はすごく格好良かったし、一緒に入学した同期達もみんな高い志を持っていて、大きな刺激を受けました。

政友会の活動で、私が特に印象に残っているのは、実行委員長として講演会を開催したことと、1年間幹事長(代表)を務めたことでした。

講演会の時は、大勢の会員を纏めて同じゴールを目指していくということの大変さ、その先にある達成感というものを学びました。ゲストを呼ぶ時も、あるジャーナリストの方に、自分の情熱を伝えるために、その人の本を読んだ感想などを書いた手紙を送り、「よく勉強しているね」と褒めて頂いたことは良い思い出です。

幹事長の時も、100人規模のサークルをマネジメントすることは本当に大変でした。胃を痛めて吐いたりしたこともありましたし、3秒に一回くらい辞めたいって思っていました(笑)。
でも、今思えば、失敗ばかりだったけど、本当にやってよかったと思っています。様々な困難に直面してもそれを乗り越えられたことは、自分に対する大きな自信へと繋がり、就職活動でも、卒論でも、どんな困難に対しても前向きに乗り越えられるポジティブな精神力が身に付きました。

そして何よりも、「仲間」の大切さを身に染みて感じることができたと思います。サークルで問題が起きた時には仲間の励ましや、協力で解決することができました。周りの仲間への感謝の気持ちを持つことの大切さを学びました。

政友会では、本当に大切なことを学びました。

第一に、周りの人間を尊重し、周りの人間から学ぼうとすること。政友会には、先輩後輩問わず、学問についてでも、人生についてでも、しっかりとした自分の意見を持っている人が多く、そうした人間同士で忌憚なく語り合える場がありました。そうした環境の中で、私も色んな人と話し、色んな意見を聞き、自分の考え方に多大な影響を受けました。
人間だれでも良いところを何か一つくらいは持っているものです。私は、他人の悪いところを責めるのではなく、他人の良いところ、良い意見を引き出して、それを自分の人生に役立てるという姿勢を身につけました。そうすれば、他人にイライラすることもなくなるし、何よりも、他人の粗ばかり探すのって「カッコワルイ」ですよね。

第二に、自分の能力を過小評価せず、何事もチャレンジしてみること。政友会では講演会をやったり、自分で勉強会をさせてもらったり、本当にいろんなことにチャレンジさせてもらったと思っています。講演会の実行委員長や幹事長をやってきましたが、別に私は中学や高校で部活のキャプテンをやっていたわけでもなく、生徒会長をやっていたわけでもありません。
でも、そんな自分でも組織を纏める立場になれたのは、きっとサークルで自分が頑張ってきたことが、どんなに地味なことでも、周りから評価されたからだと思います。他に優秀な人はいくらでもいたと思いますし、リーダーシップのある人だっていました。私みたいな能力のない人間がトップに立っていたことは、周りの人間にとっては不幸なことだったと思いますし、自分自身、優秀でない上に、要領もよくない人間なので凄く苦労しました。
それでも、思い切って困難に挑戦して、それを乗り越えてきたことは自分にとって大きな自信になりました。

私が、大学生活を通して学んだひとつの教訓、それは、

「何かをするべきか迷ったら、とりあえず前に進んでみよう」

ということです。

何か新しいことに挑戦するかしないか迷った時、「どうせ自分はたいしたことないし、できないからやめよう」と考えるのか、それとも「失敗してもいいから、とにかくやってみよう」と考えるのか。

私は後者の選択肢をとろうと考えますし、実際、大学生活の中で後者の選択肢をとってきたと思っています。

講演会の実行委員長をやる時も、幹事長になる時も、「自分にできるのか」という不安はありました。でも、「人間としてもっと成長したい」という思いがあったから、困難を承知で、前に進むことを決意しました。

勿論、あまりの辛さに、自分の選択を後悔したこともありました。

でも今思うと自分の決断は正しかったと確信しています。
辛いことは山ほどあったけど、それを乗り越えることで人間として大きく成長できたのだと思っています。

私からすれば、人間の潜在能力なんてたいして差がないと思うのです。だから、チャレンジするかしないかで、その差なんてすぐに埋められるはずです。

「自分はダメだ」と思っている人こそ、困難を恐れずに色々なことに挑戦してみましょう。
確かに新しいことに挑戦することは怖いし、自分にできるのかどうか不安を感じるのも当然だと思います。
でも、そうした不安に打ち勝って、困難に直面して、それを自力で乗り越えて、はじめてその先に、もっと成長して輝いている自分がいるはずです。

迷った時こそ、自分を信じて前に進もう。

4年間で学んだ大きな教訓です。
今の私は、4年前の私とは全く違う私です。

もう一つ。

大学ではちゃんと単位をとりましょう。
サークルやバイトに精を出すのは素晴らしいことです。でも私みたいにサークルに精を出しすぎて授業をおろそかにして単位を落とすと、後々泣きを見ます(サークルのせいにするのはよくない)。

昔と違って今は大学の授業でも面白い授業はたくさんあります。自分ももう少し真面目に授業にもでればよかったと、今更ながらに思っています(大学で授業を受けている年配の方を見ると、「普通に勉強できる」自分たちが如何に恵まれているのかがわかる)。
授業の中に大学生活の意義を見出すことも、素晴らしいことだと思います。

以上、雑ではありましたが、4年間過ごしてきて感じたことを簡単に書き綴ってみました。
受験生の皆さんには、まだまだ先のことで、受験勉強の役には立たなかったかもしれませんが、大学に入ったころには、思い出して心の片隅にでもしまっておいて頂ければ幸いに存じます。

最後に、ある有名な本の一節を引用して、私の記事を終わりにしたいと思います。
それでは、あと少し、受験勉強頑張ってください。

「…以上の理由で、わたしは教師たちへの従属から解放されるとすぐに、文字による学問をまったく放棄してしまった。そしてこれからは、わたし自身のうちに、あるいは世界という大きな書物のうちに見つかるかもしれない学問だけを探求しようと決心し、青春の残りをつかって次のことをした。旅をし、あちこちの宮廷や軍隊を見、気質や身分の異なるさまざまな人たちと交わり、さまざまの経験を積み、運命の巡り合わせる機会をとらえて自分に試練を課し、いたるところで目の前に現れる事柄について反省を加え、そこから何らかの利点をひきだすことだ。というのは、各人が自分に重大な関わりのあることについてなす推論では、判断を誤ればたちまちその結果によって罰を受けるはずなので、文字の学問をする学者が書斎でめぐらす空疎な思弁についての推論よりも、はるかに多くの真理を見つけ出せると思われたからだ。学者の思弁は、それを真らしく見せようとすればするほど、多くの才知と技巧をこらさねばならなかったはずだから、それが常識から離れれば離れるほど、学者が手にする虚栄心の満足もそれだけ大きい。それ以外には何の益ももたらさない。だがわたしは、自分の行為をはっきりと見、確信をもってこの人生を歩むために、真と偽を区別することを学びたいという、何よりも強い願望をたえず抱いていた。

たしかに、他の人びとの習俗を考察するだけだった間は、わたしを確信させるものはほとんど見いだされなかったし、そこにも、前から哲学者たちの意見のあいだに見られたと同じくらいの食い違いがみとめられた。したがって、そこからわたしが引き出した最大の利点は次のことだった。つまり、われわれにはきわめて突飛でこっけいに見えても、それでもほかの国々のおおぜいの人に共通に受け入れられ是認されている多くのことがあるのを見て、ただ前例と習慣だけで納得してきたことを、あまり堅く信じてはいけないと学んだことだ。こうしてわたしは、われわれの自然〔生まれながら〕の光をさえぎり、理にしたがう力を弱めるおそれのある、たくさんの誤りからだんだんに解放されたのである。しかし、このように数年を費やして、世界という書物のなかで研究し、いくらかの経験を得ようと努めた後、ある日、わたし自身のうちでも研究し、とるべき道を選ぶために自分の精神の全力を傾けようと決心した。このことは、自分の国、自分の書物から一度も離れなかった場合にくらべて、はるかにうまく果たせたと思われる。」

関口草

出会い・繋がり

2010年2月3日 水曜日

みなさん、こんにちは。

4回目のブログ登場、井上昇です。

ご存知の方もおられるかもしれないのですが、1月31日の朝日新聞教育面「ウォッチ」にて「夢は芸人から弁護士へ」と題し、取り上げていただきました。

「新聞に載る=犯罪を犯した時」というイメージしかなかったので、まさか自分が新聞に載るなんて、しかも良いことで載るなんていうのは想像もしていませんでした。

新聞に載るというのを告知しておいた親・兄弟からはもちろん、告知していなかった友達や先生等、本当にいろんな人から「見たよ」という連絡をもらい、嬉しい限りです。

改めて、新聞の影響力のすごさというものを実感しました。

ちなみに、大学に入ったばかりの時に番号を交換した程度の仲の女の子からも「新聞見たよ。すごいね」というメールが来ました。

しかも、その子は僕のことをたしか「井上君」と呼んでいたはずなのに、なぜか「昇君」と、距離が縮まっている感じでした。

これも新聞の効果ですかね。

好きな女の子を落としたいと思っている男子諸君、新聞に載れば意中の子との距離が縮まるかもしれませんよ 笑

今回の新聞を通して、僕は改めて「人の繋がり」、「出会い」の大切さを実感しました。

僕の大学生活は、大学の「自己表現論」という授業に出会ったことで劇的に変わりました。

たまたま出会ったこの授業の原先生という先生に僕はとても感銘を受けて、この授業に積極的に参加するようになりました。

そして、原先生の紹介で「井上と話が合うと思う」と言われ、同じく「自己表現論」に出ていたYという友達と出会いました。

Y君も本当に魅力的な人物で、いろんなことを話し、また、そのY君がいろんな人を紹介してくれ、たくさんの人と出会うことが出来ました。

その、たくさんの人との出会いの中に、道塾・塾長の馬場さんとの出会いもあったわけです。

馬場さんとの出会いは忘れもしませんが、大隈講堂の前で、初めて見た馬場さんは鮮やかなピンク色のパーカーを着ていました。

僕が「はじめまして。早稲田大学法学部2年生の井上昇です」と自己紹介すると、馬場さんは一言だけ「馬場です」と言い放ちました。

イヤ、全然自己紹介になってないだろ、っていう。 笑

そんな衝撃的な出会いだったのですが、馬場さんともいろんな話をして、特に僕が早稲田に入るまでの経緯等の自分の話をしていく中で、「道塾で働いてみないか?」と、誘ってくれたのです。

そして、道塾を通して、朝日新聞記者の原田さんという方が僕に興味を持ってくれ、今回の新聞掲載に繋がったというわけです。

今回の新聞掲載というのは、自己表現論・原先生・Y君・馬場さんの内一人でも、一つでも欠けていたら絶対になかった話です。

本当に、僕はこの人との出会い・人とのつながりの大切さ・ありがたさを、今回の新聞掲載を通して改めて実感しています。

みなさんも、大学に入ったら、今では想像もしていないような出会いがあり、思ってもみない人との繋がりが出来ると思います。

僕は、そんな出会い・繋がりを一つ一つ本当に大切にしてほしいと思っています。

井上昇